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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(オ)13号 判決 1948年6月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂千秋の上告理由第一点は『原判決は、明白に従来の行政裁判所及び大審院の判例に違背するものであつて、第一にこの点において破毀を免れない。多くの選挙法制を通じ、選挙の秘密を保持してその公正を期するため、投票用紙に関してはそれぞれの規定が設けられている(町村制第二二条第八項、市制第二五条第八項、府県制第一八条第九項、衆議院議員選挙法施行規則第三条等)。而して之と同時に、投票の有効なるためには、必ず「成規ノ用紙」を用いることを要するものとせられ、所謂「成規ノ用紙」を用いざる投票は無効と規定せられている(町村制第二五条、市制第二一条、府県制第二七条、衆議院議員選挙法第五二条等)。而してその所謂「成規ノ用紙」とは、これらの法規により必要とせらるるところの諸要件を具ふる投票用紙の義と解せらるるのであつて、例えば本件の場合の如く、投票用紙に特定の公権者(庁府県、郡役所、町村役場、町村長、選挙管理委員長)の印章を押捺すべきことが定められている場合においては、その定めにかかわらず、その印章を押捺せざるところの投票用紙は、法定の要件を欠くものとして、之を成規の投票用紙とはいい得ないものと解せられているのである。而してこのことは地方制度の解釈(町村制第二五条、府県制第二七条等)として行政裁判所の判例の再三確認して来たものであり、又衆議院議員選挙法の解釈(同法第五二条、旧第五八条)として、大審院によりて亦確定せられているところである。それは、凡そ次の如くである。(甲)行政判例(一)町村制第二五条第一号に関するもの(1)「町村長ノ定メタル式ニ一致スル用紙ハ成規ノ用紙ナリトス」(昭和六、一〇、三一)(2)「町村制第二五条第一号ニ所謂成規ノ用紙トハ、同法第二一条第八項ニ依リ町村長ノ定メタル一定ノ様式ヲ用ヒタル投票用紙を指称ス」(昭和一二、一一、二四)(3)「町村長印ノ押捺ナキ投票用紙ヲ用ヒタル投票ハ成規ノ用紙ヲ用ヒザルモノニシテ無効ナリ」(昭和一七、一一、三〇)(二)府県制第二七号第一項第一号に関するもの(1)「投票用紙ヲ定メタル県知事ノ告示ニ町村役場ノ印章ヲ押捺スベキ旨ノ規定アル場合ニ於テ、町村役場ノ印章ナキ用紙ニ依レル投票ハ之ヲ無効トス」(明治三四、六、二六)(2)「郡役所ノ印章ヲ押捺スベキ定メアルニ、之を押捺セザル投票ハ、成規ノ用紙ヲ用ヒタルモノト云フヲ得ズ」(明治四一、三、一八、明治四五、三、二七)(3)「投票用紙ニ郡役所ノ印章ヲ押捺スルコトヲ以テ一定ノ式ト為ス以上、其ノ印影ヲ具備セザル投票用紙ハ成規ノ用紙ニ非ズ(大正二、一二、一三)(乙)大審院判例(衆議院議員選挙法第五二条、「旧第五八条」第一項第一号に関するもの)(1)「衆議院議員選挙ノ投票用紙ノ印影ハ、或ハ鮮明ヲ欠キ或ハ完全ナラズシテ、一見直チニ当該庁府県ノ印章タルコトヲ認識シ得ザルモ、之ヲ熟視シテ其ノ印章ノ押捺シアルコトヲ認識スルコトヲ得ル以上違式ノモノニ非ズ」(大正四、一一、八)(2)「内務省令ノ規定スル要件ヲ具備セザル用紙ヲ用ヒテ為シタル投票ハ、縦令選挙人ガ特別ノ手段ヲ施スニ於テハ、容易ニ他人ノ為メ被選挙人ノ氏名ヲ透視セラルコトヲ防止シ得ベカリシトスルモ、法第五八条第一項第一号ニ所謂成規ノ用紙ヲ用ヒザル投票ニ外ナラザレバ、当然ニ無効ニ帰スベキモノトス」(大正五、一一、二七)(この判決は捺印の問題でなく、投票用紙の紙質に関するものであるが、有名なる石川県に起つた投票用紙の効力問題に関する判決であつて、内務省令には投票用紙の紙質が「程村」又は「西ノ内」たることを必要としていたが、石川県の投票用紙はそれよりも稍稍粗薄な紙質であつた。このとき、内務省令の要件が制限的なりや例示的なりやにつき議論起り、大審院は之を厳格に解すべしとの見解を採用して、当該用紙を用いてなしたる投票を無効と判示したのである)。翻て本件事案を見るに、事実関係としては、原判決において「昭和二一年九月法律第二九号で改正された町村制第二二条の八号によると、投票用紙は選挙管理委員会の定むる所により一定の式を用ふべしとあり、成立に争のない乙第一号証及び証人岩男継雄、長田敦の各供述によると、右選挙で南院内村選挙管理委員会は地方事務所から送つて来た投票用紙に選挙管理委員長の印章を押捺することにその式を定めたことを認め得る」ものとし、而して「右選挙管理委員長の捺印漏れの一三八票の投票用紙は選挙事務従事者からその過失で選挙人に投票用紙として交付された」という事実が確認せられている。このことは、当事者間においても亦争のないところである。そこで問題の焦点は簡単であつて、この捺印漏れの投票用紙による投票、即ち選挙事務従事者の過失により誤つて選挙人に交付せられた、法に基づき定められたる一定の式を欠くところの投票用紙による投票が、果して有効なりや無効なりやということである。而してこの点に関しては、上掲の諸判例は最も明瞭に最も端的に之を解決しているのであつて、特に言を添ふる余地もない。その無効なることは、寸毫の疑もないところである。然るに、意外にも原裁判所はこの数多くの明白なる判例に反し、謬れる根拠と認識の下に(後出第二点乃至第五点)、この違式の投票用紙による投票も有効であると判示した。この原判決の見解が実質的にも失当であつて、その採用し得べからざる所以は以下之を明にするが、少くとも、形の上において永年の大審院及び行政裁判所の判例に明瞭に背反するものであるから、原判決は第一にこの意味において破毀を免れないものと信ずる。』同第二点は『次に原判決には理由の錯誤がある。即ち、原判決は投票用紙の形式が明に選挙管理委員長の捺印を要することに定められていることを認めながら、而かもその捺印なくとも成規の用紙であると解し、之を用いた投票を有効投票としているが、その前後の脈絡は甚だ不明瞭であつて且その間に矛盾を包蔵するものである。之は明に理由錯誤又は理由不備の判決たることを免れない。(町村制第二二条第八項と第二五条第一号との調和的解釈の缺如)(一)上述の如く、本件の場合につき原判決は「町村制第二五条の八号に依ると投票用紙は選挙管理委員会の定むる所に依り一定の式を用ふべしとあり、成立に争のない乙第一号証及び証人岩男継雄、長田敦の各供述に依ると右選挙で南院内村選挙管理委員会は、地方事務所から送つて来た投票用紙に選挙管理委員長の印章を押捺することにその式を定めたことに認め得る」とし、更に「捺印漏れの一三八票の投票用紙は選挙事務従事者からその過失で選挙人に交付された」事実を確認しているし、又、原審の審理中原告代理人も亦「正規ノ用紙トハ選挙管理委員会ノ定メタル用紙ニシテ其ノ捺印アルモノナリ」と卒直に言明し(昭和二二年一〇月八日口頭弁論調書)及び成立につき争なく原審も亦認めている乙第一号証並びに証人岩男継雄及び長田敦の調書によつて見るも、南院内村において投票用紙に関する一定の式を定め、その式に適合するところの投票用紙、即ち、選挙管理委員長の職印を押捺した投票用紙を以て成規の投票用紙としたものであること、即ち、これ等の事実関係は、極めて明白で何の疑いもない。それは当然であつて、凡そ法の規定に基づき投票用紙に関する一定の式が定められた場合には、その式に適合するものを以て「成規ノ用紙」と解すべきことは、既に上述の如く上掲諸判例の明に決定しているところであり、当然自明の理である。従つて、本件の場合に、もし原判決が事実関係として印章の押捺は投票用紙としての必要条件として定められていないと主張するか或は選挙管理委員会が印章の押捺を投票用紙の必要要件として定めたこと自体に間違があるとでも主張するのならば格別であるが、そうでなくして、判決が自らいう通りの事実関係を認むるならば(而してそのことは正しい)その場合の条理上の当然の結論として、この捺印なき違式の投票用紙は勿論成規の用紙にあらざるものと判断しなければならぬのである。これは論理上必然の判断であつて上述の如く、原告側の人々も亦認めている判断である。(又それであるからこそ、これ等の人々は投票用紙の式が後で変更せられたとか、その法的瑕疵が追認せられたとか、事実相違のことまで云いだして、その前後のつじつまを合わせようとしているのである。後出参照。)而して成規の用紙を用いざる投票が無効たることは、法の明文に照らし言を俟たぬところである。然るに、不可解にも原判決のみは独りこの当然の論理に逆行し、以上の諸事実を認めながら、而かも捺印漏れの違式の用紙による投票を「成規の用紙を用いざる無効の投票と解すべきでなく、有効投票と断ずべきである」と判示している。これでは何のことだか判らないのであつて、これを如何に解したら宜いのであるか。明に原判決には観念の倒錯があり、その理由には錯誤がある思う。(二)以上の断定に反し、若し原判決が「理由の錯誤はない。即ち町村制第二二条第八項及び同条同項に基づき投票用紙に選挙管理委員長の印章を押捺すべき旨の式を定めたる事実があり、並びに第二五条第一号の規定のあることは充分承知しているが、それにかかわらず尚且つその捺印のない投票用紙による投票も有効であると主張する。而してその間には何の理論上の矛盾も錯誤もない」というのならば、その間の関係と条理とを充分に明白にするために、主張する者の当然の義務として、特にその主張の内容と根拠とを明確にし、之を詳細に解説し、明に人を納得せしむるに足るだけの理論的基礎を示さねばならぬ。換言すればその解釈に基づくところの町村制第二二条第八項の意義及びこの規定と第二五条第一号との牽連関係につき、充分に精確なる説示が与えられなければならぬのである。この点は本件の解決につき、最も重要なる法律上の論争点である。故に更に詳言すれば、この場合において直に疑問となるところの次の諸点、即ち(イ)町村制第二二条第八項及び第二五条第一号の規定の意義(ロ)この両規定の間には牽連関係があるというのか、ないというのか(ハ)もし牽連関係があるというならば、判決の如き解釈では両規定の調和的解釈はどうなるのか(ニ)もし牽連関係がないというなれば、第二二条第八項は何のための規定であるというのか、又、同条同項に基づき投票用紙に関する一定の式を定めた場合に、その法律効果はどうなるのであるか、これ等の諸法律問題につき、判決は特に入念に且つ明快に之を説示しなければならぬのである。(もしその説示が与えられなければ、一体何のため投票用紙の式を定むるのであるかという、その根本の解釈が全くつかぬこととなる。)然るに、原判決はこれ等の点に何等触るるところなく、即ちこの重要の中心的法律問題は之を未解決のままに放置して、只単に結論として、捺印なき投票用紙による投票も亦有効であるというのである。之では判決は単なる独断である。〔尚、原判決がその判決の理由として他に掲ぐるところのものは、或は重大な事実の誤認であるか(後出第五点)法律の根本的誤解であるか(後出第三点)又は省みて他をいうが如き、少しも理由にならぬことのみである(後出第四点)〕従つて、この意味においては、原判決は全く理由不備の判決といわねばならぬ。かくの如く原判決には非常に欠陥があり、以上(一)(二)の中その孰れであるにしても、理由錯誤又は理由不備の違法を免れ得ないものである。』同第三点は『原判決は、根本的に町村制第二二条第八項の解釈を誤つたものである。町村制第二二条第八項は「投票用紙ハ選挙管理委員会ノ定ムル所ニ依リ一定ノ式ヲ用フベシ」と規定し、之と類型の規定は旧府県制第一八条第九項「投票用紙ハ府県知事ノ定ムル所ニ依リ一定ノ式ヲ用フベシ」旧市(町村)制第二五条(第二二条)「投票用紙ハ市(町村)長ノ定ムル所ニ依リ一定ノ式ヲ用フベシ」等多数に存するのであるが、之は要するに、選挙の公正と秘密とを保持するため、投票用紙については一定の公権者(府県知事、市町村長、選挙管理委員会等)において予め一定の式を定め且つ必ず之に依るべきことを規定したものである。即ち「制(府県)第一八条第九項ニ「投票用紙ハ府県知事ノ定ムル所ニ依リ一定ノ式ヲ用フベシ」トアルハ、投票ノ紛更ヲ防遏シ以テ選挙ノ厳正ニ行ハルルコトヲ期シタルモノニ外ナラズ」(明治四一、三、一八行判)である。而してその所謂一定の式とは、いうまでもなく一定の式でなくてはならぬのであつて、之に二以上の形式があることは許されない。之は本条の立法精神から見て明瞭である。而して更にその投票用紙の一定の式として投票用紙に特定の公権者(市町村長、選挙管理委員長等)の印章を押捺すべきことが定められたる場合においては、その印章の押捺という形式は、投票用紙の形式としては最も重要視すべきものとなるのである。何となればそれは、投票用紙の濫用防止という根本精神の表現として、その重大意義確保の最も大切な具体的方法であるからである。即ち、単に印刷所において印刷せられたままの用紙を、そのままに投票用紙として用ふることになると、そのときは投票用紙の窃用、偽造、濫用というが如き害悪が最も多く懸念せられ、その結果として選挙の秘密を破り、投票の公正を害し、選挙ブローカーの暗躍、跳梁を刺激する等、多大の弊害を醸成するに至るの恐れがある。従つて、之を防止するために成規の投票用紙は、単に印刷せられた用紙のみを以て足らずとし、町村長等の公印の押捺をその必要条件とするのである。原判決の如く、捺印のある投票用紙も捺印のない投票用紙も共に成規の用紙と解釈するのでは、従つてこの選挙の公正保持という法の根本義を全く蹂躪し、第一に、投票用紙の形式は二種となり、即ち一定せざるものとなるのであつて、之は明に法の明文に反し、その立法精神を無視する結果となる。法は、断じて同一選挙において二以上の形式の投票用紙が行わるることを認むるものではない。第二に、投票用紙に公印の押捺を必要と定めた根本趣意を全く没却し、法規並びに法規に基づく重要なる処分を無意味に帰せしむるものとなる。その不当なることは明である。〔尚、念のため、原審において論議せられていることで本点に関係のある一点について附言するが、本件の場合、この捺印のない投票用紙を成規の用紙と認むることに変更したとか又はその瑕疵を追認したとかいう如き措置がとられた事実は全然なく(証人岩男継雄調書)又仮りにかくの如き措置をとらむとしても、選挙の公正保持のため既に一定せられてある投票用紙の式が、各場合場合の都合で紊に随時変更せられたり又はその瑕疵の追認が許されたりし得べきものではないことは勿論であるから(かくの如きことは、却て選挙の公正保持という本来の目的を破る)固よりこんな主張は、問題とはならぬのである。ありようは、捺印なき違式の投票用紙が、選挙事務従事者の過失により相当多数に選挙人に交付せられ、その事実が後に発見せられたため、その事実を隠蔽し、村民の非難を回避せむとして、開票のとき特に之を有効投票中に算入して当面を糊塗したまでのことである(証人岩男継雄調書)。この措置がどの程度の道徳的批難に価する事実であるかは姑く別として、少くとも選挙手続の執行としては、いうまでもなく関係者の過誤を掩ふための非合法手段であつて、その違法の措置たることは言を俟たぬものである。〕』同第四点は『以上の叙述の外、原判決が捺印漏れの投票用紙を用いた投票も尚有効であると主張する他の理由には、何の正当なる根拠を発見し得ないものである。(一)原判決は「本件捺印漏れの一三八票は、地方事務所即ち県より投票用紙に使用するように送つて来たものである」という事実を捉え、之を以てその投票用紙を用いた投票は「所謂成規の用紙を用いざる無効の投票と解すべきでなく、有効投票と断ずべきものである」と判示する根拠としているが、之は詳細なる吟味を要することであつて、この卒急なる判断は誤りである。判決の理由は叙述が簡略に過ぎ明でないが、その全趣旨において看取せらるるところは、原判決は村会議員選挙の投票用紙も之を県で調製して、そして之を村に配付することが法(町村制)の建前であるかのように解釈しているのではないかということである。しかし、もしさうだとすれば、之はとんでもない誤解であつて、村会議員選挙の投票用紙は当然に村が自ら之を調製すべきものであつて、法律的には全く県に関係はないのである。従つて、県から送つて来たものは正当な投票用紙であるという法律上の観念も勿論ない。只実際上の問題として、一括購入とか印刷とかのいろいろの便宜があるために、往往県において県下町村分の投票用紙の購入印刷等の斡旋をしている事実はある。しかし、之は要するに実際上の便宜であつて、それ以上の何物でもなく、法律的に解釈すれば、この場合でも県から送つて来たものは単に投票用紙の「地紙」又は「原紙」であつて、まだ投票用紙ではなく、この原紙に投票用紙としての必要なる他の形式要件が具備(附与)せられて、即ち本件の場合なれば、選挙管理委員長の公印が押捺せられて、そこで初めて公の有効なる投票用紙となるのである。この場合、即ち公印の押捺が投票用紙としての必要なる成立要件となるのである。従つて、投票用紙の原紙が県から送つて來たものという事実だけを捉えて、直に之を所謂「成規の用紙」であると判断することは、或は法律の誤解に基づくか、法律の誤解はなくとも明にそれは論理の飛躍である。従つて、その判断は正しくない。(二)更に、原判決は投票用紙が「選挙の当日投票場で選挙事務従事者から投票用紙として公給せられたものである」ということを以て、この捺印漏れの投票用紙を有効のものと判断する次の根拠として挙げているが、之れ亦現行法の解釈として全く理由にならぬことである。「成規の用紙」とは、単に公給せられた用紙という意味でないことは、永年の大審院及び行政裁判所の判例並びに行政実例によつて維持せられて来た見解であり且つ正しき見解であることは、既に第一点以下において詳しく述べた通りであつて、之は又学説としても多く異論のなきところである。只可成り久しい以前より一部の論としては、原判決に類似せるような(しかし、原判決とは本質的に可成り相違したものではあるが)説もないではないが、固より多数の学説の賛同するものではない。その論旨は(原判決ではその主張の根拠が明にしてないが)要するに、選挙人の責に帰すべからざる事由(例えば選挙事務従事者の過失)によつて投票の無効を生ずることは適当でないというのである。しかし、選挙人の責に帰すべからざる事由によつて選挙又は投票の無効を生ずることは、他にも洵に屡々あることであつて、例えば投票用紙の紙質の問題(上掲大審院判例、大正五、一一、二七)投票箱その他投票所の施設の問題、投票時間の問題、各種の選挙手続の問題等、その事例は実に枚挙に遑なく存するのである。従つて、独り投票用紙の捺印の問題に関しそれだけの根拠を以て之を云為することは、その理由が全くないのであつて、少くとも現行法の解釈としては、到底之を採用するを得ない。(尚、判決が明にいつていることではないが、その全趣旨において何となく感ぜらるることは、元来本件の事態が選挙事務従事者の単純な過失に依ることだからという考慮であるが、凡そ違法の生じた原因が、過失に因ると故意に因ると、果又善意たると悪意たると、それ等の事実は選挙手続の違法性を宥恕する何等の理由とはなり得ないことは論を俟たぬところであつて、苟も事実上の、即ち客観的事実としての違法が存する限りは、違法はどこまでも違法である。選挙手続の合法不合法と、その道徳的批判と無関係であることは勿論である。)』同第五点は『原判決には重大なる事実の誤認がある。即ち、原判決にはその判断の基礎において明白なる事実の誤認を為し、而かも之に基づいて判決するの違法がある。原判決は捺印漏れの一三八票が有効である理由として、以上の外に「之に弁論の全趣旨で認め得る本件選挙当日同一投票場で他に選挙のなかつたことを参酌すれば、之を所謂成規の用紙を用いざる無効の投票と解すべきでなく、有効投票と断ずべきである」と述べているが、事実関係は全く判示せらるるところと正反対であつて、この点の判示は全く理解し難いものである。即ち(一)先づ理論としても、捺印漏れの投票用紙による投票が有効か無効かという問題と、選挙の当日同一投票所において他の選挙が行われていたかいないかという問題と、その相互間に判示の如き牽連関係があるのかどうか、之は可成り疑問のあることのように思われ、彼此之は別箇の問題として、その間には直接の連鎖はないようにも考えらるるのであるが、之は姑く別とする。只原判決が特にその判断を為すにつき参酌したところの基礎たる事実を検討するに(二)その事実関係において、少くとも判決は根本的な誤認をしているのである。即ち、実際は全くその逆なのである。本件選挙の当日、即ち昭和二二年四月三〇日は、全国に亘り、市区町村会議員の選挙と同時に都道府県会議員の選挙が行われた日であつて、(昭和二二年法律第一五号及び同年三月一五日内務省告示第六八号)大分県宇佐郡南院内村においても亦その日には南院内村会議員の選挙と同時に大分県会議員の選挙が(即ち、同一投票所において、同一投票時間内に)行われていたのである。之は上掲内務省告示の定むる期日において全国的に行われた選挙のことであるから、何人も之を争う余地のない顕著なる事実である。従つて、この事実を誤認するということが余程おかしいのであるが、原裁判所は何を感違いしたものか、全く事実を正反対に認識して、あつた選挙を特になかつたと断定し、而かもこの驚くべき誤認に基づき判決を下しているのである。之は何とも批評のしようがない。その不当なることは多言を要せずして明であつて、この一事を以てしても、既に原判決は破毀を免れないものであろうと思う。以上五点に亘り、原判決の破毀を免れざる所以を明にしたと思うのであるが、原判決は重大なる事実の誤認のある上に、特にその理由の叙述において簡短粗雑であつて、その論旨と根拠とが充分に明にせられていない。従つて、随所に不明確なところが多くその意を捕捉するに非常に困難と苦痛を感ずるものである。願はくば判決は、殊にそれが原判決の如く従来の判例を覆し、新なる法の解釈を主張せむとするが如きものである場合においては、特にもう少し詳細且つ明確にその理拠を示して欲しいと思うのであるが(即ち、充分に之を検討して、詳にその当否を論議するに足るだけの基礎を提示して貰いたい)、しかし、原判決の不当なる点については、大体以上を以て略々明瞭に為し得たことと考えるものである。』と言うにある。

本件において昭和二二年四月三〇日大分県宇佐郡南院内村会議員選挙が執行せられ、同選挙において投票用紙中選挙管理委員長の捺印のない投票用紙に依る投票が計一三八票あつたので訴外石川淳外三名が右一三八票は正規の用紙を用いない無効のものだという理由で同村選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが同委員会は異議を却下する旨の決定をした、異議申立人等は更に上告人(大分県選挙管理委員会)に訴願したところ上告人は「昭和二二年四月三〇日執行の宇佐郡南院内村会議員選挙に於ける開票点検以後の手続は之を無効とする、爾余の訴願人の主張は之を棄却する」との裁決をした、被上告人は右選挙で七〇票を得て当選し現に村会議員の職にあるものであるが右一三八票の投票が無効ときまると被上告人の得票中無効となるものが二二票あつて結局落選となることは原判決の確定した事実である、而して訴外石川淳外三名の前記異議申立及び訴願の趣旨はいづれも選挙管理委員長の捺印のない投票用紙に依る投票が一三八票あつたことは選挙の規定に違反するものであり且選挙の結果に異動を生ずる虞があるから該選挙は無効であるとの決定を求めるものであつて之に対し村の選挙管理委員会は選挙は有効であるという理由で異議の申立を却下したのであるが上告人は訴願人の請求の一部を容認して本件選挙の一部を無効とする趣旨の前記裁決をしたのであり、被上告人は右裁決に対する不服の訴として本訴を提起し、その請求の趣旨はやや明瞭を欠くけれども要するに原裁決を取消して本件選挙を有効とする趣旨の判決を求めるものであることは弁論の全趣旨から極めて明かであつて原審は之に対しその請求通りの判決をしたものであるから本件訴訟が選挙の効力を争う選挙訴訟であつて当選訴訟でないことは疑を容れないところである。従つて本件上告もあくまで選挙の効力を争うもので当選の効力を問題としているものでないから上告審として本件選挙の効力に関する原審判決の当否を判断すればよいのであつて当選の効力を判断する必要はない。

選挙訴訟は選挙の効力に関する争訟である、選挙というのは選挙期日の指定、選挙人名簿の確定、候補者の届出、投票用紙の調製、各選挙人の投票及び其の管理、投票の結果の審査、当選人の決定等の数多の行為を包括する集合的行為である、換言すれば選挙の管理執行に関する一連の行為を総称する観念である、選挙訴訟はこの意味における選挙の効力に関する争訟であるから争の目的となるものは特定の選挙区、開票区又は投票区における集合的行為としての選挙の全体の効力である、個々の投票についてその効力を争うことは唯当選訴訟の理由となるだけで選挙訴訟の理由とはなり得ない、而して如何なる場合において選挙が無効となるかについては地方自治法第六七条に「選挙の規定に違反することがあるときは、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し、又は判決しなければならない。」と規定しておるから選挙訴訟における選挙無効の原因は選挙の規定に違反したことと其の違反の為めに選挙の結果に異動を及ぼす虞あることである、選挙の規定に違反するとは選挙の管理執行の手続に関する規定に違反することであり選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合とは選挙の規定の違反が若しその違反がなかつたならば選挙の結果につき或は異つた結果を生じたかも知れぬと思量せらるる場合をいうのである、蓋し選挙の規定に違反する場合でもその違反が少しも選挙の自由公正に行われることに影響がない場合にはその選挙の結果は違反のない手続に依つて得らるべき結果と異なるところはないのであるから之を無効として選挙をやり直す必要はないからである、従つて選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合なりや否やを判定するには一に前記の場合に該当するや否やによつて決すべきであつて投票の有効を判断しその得票数の算定によつて之を決すべきものではない、得票数の算定は専ら当選の効力を決する理由となり得るだけで選挙の効力を決する理由となり得ないものである。

ところで昭和二一年九月法律第二九号で改正された町村制第二二条第八項によると「投票用紙ハ選挙管理委員会ノ定ムル所ニ依リ一定ノ式ヲ用フヘシ」と規定しておる、而して本件選挙において南院内村選挙管理委員会は右の規定に基づき投票用紙の一定の式を次の如く定めた、一、地方事務所から送つて来た投票用紙を用いること、一、それに選挙管理委員長の印章を押捺すること、然るに右選挙の投票用紙中選挙管理委員長の捺印のない投票一三八票の投票用紙は選挙事務従事者からその過失で選挙人に投票用紙として交付されたもので、その用紙はすべて地方事務所から送付されたものであつたことは原審の確定した事実であるから右の如く選挙管理者側の過失により違式の投票用紙一三八票を選挙人に交付したことは明かに選挙の規定に違反するものと云わなければならない、従つてもしその違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるならば本件選挙は全部無効であると判定しなければならない、しかしながら右の捺印漏れの一三八票の投票用紙はすべて地方事務所から送つて来たものであつて選挙当日投票場で選挙事務従事者から投票用紙として交付されたものでその以外の用紙は一枚も混入していなかつたのであるから本件選挙において不正投票の混入があつたことは全然認められないのみならず右投票用紙の交付は選挙事務従事者の単なる過失によるもので何等選挙の自由公正を害する目的をもつて為されたものでないのである、そして若し仮りに本件選挙でその一三八票の投票用紙に捺印がしてあつたとしたならば選挙人は本件と同じ候補者に投票したに違いないということが確実に考えられるのであるから、かかる場合は選挙の結果につき異つた結果を生じたかも知れぬと思量せらるる場合に該当しないのである、即ち選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に該当しないのであるから本件については選挙無効の判決を為すべきではない、原判決は前示一三八票の投票は成規の用紙を用いた有効投票であると判断しこれを理由として本件選挙を有効なりとし、上告論旨は右判断を不当なりとし該投票の無効を主張するのであるが選挙訴訟においては投票の有効無効を判断してその得票数の算定によつて選挙の効力を判定すべきでないことは前段説明のとうりであるから原判決の理由の説明は当を得ていないけれども結局において本件選挙の有効なることを宣示した原判決は正当であつて上告論旨は結局理由なきものである。

よつて本件上告は理由がないから民事訴訟法第三九六条、第三八四条、第九五条、第八九条により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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